福島康司 ベルナールグランパ自転車学校

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コーチと選手=夫と嫁 〈第一話〉パリ シャルルドゴール空港にて
コーチと選手=夫と嫁 それは運命の出逢い 〈全三話〉 
〈第一話〉  パリ シャルルドゴール空港にて

 〜降り立ったとたんにそのまま日本に帰りたくなった僕〜
 僕が初渡仏したとき、夜の9時に大韓航空の経由便でたどり着いた。
 兄が迎えに来てくれる予定だったが、到着ロビーでは会えなかった。空港で不安にかられ、思わず所持金を全部空港の両替所で換金してしまった。銀行で帰ればレートがいいと、兄から言われていた事も忘れて。
 しばらくして兄と出合えるまでの、時間がどれだけ長く感じたか?
 そして、兄と一緒についてきた日本人選手が、顔を包帯で覆っていた。僕はその姿を見たとたんに、不謹慎ながら日本に帰ろうと思った。僕は間違ったところに来てしまった。
 それから、兄が高速をぶっ飛ばす。制限速度が130km。左通行。全てが新鮮。
 日本では夜10時はフランスでは夕暮れどき。どこまでも続く地平線に圧倒されて、気を失って眠った。 

 次の日の朝、ベルナールのクラクションで目が覚めた。当時85歳のベルナールは僕の腹をいきなり殴って来た。そして、訳の分からない言葉を発した。笑え笑え。怒れ、怒れ。を繰り返した。
 全く訳が分からなかった。
 初レースの日。このじいさんにどこに連れて行かれるのか?訳もわからないまま、家にいきなり連れて行かれ、ごちそうを食べされてもらった。
 その前に、腹一杯パスタを食べていたので、もう吐きそうそうだった。
 そして、フランスパンを背中にさして、スタートした。
 フランス選手たちは僕の背中のパンを盗み「侍 サムライ」と叫び、最後に路傍の牛に投げられてしまった。
 それからは、一年間、生傷の絶えない日々だったが、一番ロードレースを体で感じられた青春だった。

  〜空港まで3日通ったフランクの思いやり〜
 1997年、フランクはプロアマのオープン開催のフランス選手権で3位に入った。スプリントでスゴイ追い込みで、誰の目からもフランクが勝ったかと思ったほどの、僅差だった。そしてツールドフランスのマイヨベール(スプリントジャージ)をフランス国民から期待されつつ、30歳でラ・フランセーズ・デジュに入った。23歳までにプロになれない選手は、アマとして仕事をしながらレースする道を生きて行くフランス人にとっては、異例の快挙だった。
 1998年、兄が初めフランスにいった年は、フランクは今でいうプロツアーの選手だった。当時はファックスで連絡を取っていたため、うまくフランクは兄の渡仏の日程が伝わらなかった。時差もあるし、、。150キロ離れた空港に3日間、フランクは通ったらしい。兄が空港に着いたとき、フランセーズデジュの帽子をかぶったフランクは満面の笑みで迎えてくれたらしい。だから兄は絶対に若い選手を迎える時は、遅れないようにと僕に諭すが、、、。

  〜アイコンタクト〜
 兄はプロ選手だったが、僕はまだアマチュア選手だった2003年、若い選手をフランスのクラブチームで育てるボンシャンスは産声を上げた。
 初対面のK選手を迎えた際のパリの空港でのエピソード。
 農家でモニックのコーヒーをゆっくり飲み過ぎた僕は、いつものごとく少し遅れた。僕は初めて渡仏した彼がきっと不安にかられているだろうと、大慌てで空港のエレベータに飛び乗った。そこには一人のアジア(中国)系の自転車と大荷物を担いだ少しふけ顔の男の子が乗っていた。一瞬目が合って、僕は「かれがK君じゃないか」と思った瞬間、彼は目をそらした。「あれ、人違いか。」僕は「こんにちわ」という言葉を飲み込んで、「ニーハオ」と挨拶をした。彼はろくに返事もせずに、よそよそとエレベータから降りて行った。
 それから、到着口で待てど暮らせど、彼は降りてこない。当時は海外でも使えるような携帯電話のサービスもなかった。途方に暮れていたら、公衆電話にかじりつきそうになりながら、必死に操作をしているさっきの中国系の男の子が目に入っていた。僕の携帯が遂に、鳴った。僕は恐る恐る近づいてみた。そして日本語で話かけてみた。「ねえ、俺ここにいるんだけど。
 僕は彼に中国語で話しかけた事を後悔しながら、「なんで、目をそらしたんだよ。俺はお前と初対面だったけど、スター選手の俺の顔と姿は、お前は知ってんだろ!それでフランスで生きて行けんのか?!」僕はおびえる彼を、さらに大声で怒鳴ってしまった、、、、。

 〜これから何人の選手をシャルルドゴール空港で迎えられるか〜 
 引退して8年がたち、今年からボンシャンスのコーチとしてフランスに渡った。そして若い選手をコーチする際には、戸惑いの連続だった。選手との共同生活は、コーチと選手の関係は夫婦や家族の関係と同じだ。初めて空港に迎えに行ったりする時は、どちらも新鮮で、期待に満ちている。
 「わざわざフランスに来るくらいだから、どんなに才能と思いやりと感謝の気持ちに溢れた選手だろう、、、 」
 だけど、選手もコーチもお互いに、欠点ばかりが気になり出す。だけどそこからが本当の付き合いなんだと思う。
 
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 21:29 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
今日発売のメオトパンドラに僕たちファミリー載っています!
現在進行形で失敗だらけの僕の人生に、唯一正しかったと確信できること。それはできた嫁さんをもらったこと。 四人の子育ても、PTAも、町内会も、ベルナールグランパ自転車学校も、全て任せて世界中で若い選手とツールドフランスへの夢を追っかけていられるのも、嫁さんのお陰。 僕のプロポーズの言葉は、「苦労かけるけど、笑顔の絶えないうちにしよう」は、当面文字通りだけど、、、。 そんな僕ら家族も一ページに載せていただいたメオトパンドラ。 以前アエラという、高尚な雑誌に「夫婦関係」という記事に載せていただいた。 その100組のご夫婦へのオリジナルの詩と写真とともに、一つの夫婦関係のストーリーに仕上げた本だ。 先日我が家に送っていただき、子供たちも大喜びで詩を朗読していた! 今日 書店にて販売になるそうです。 キッチンミノルさんが、カメラを構えて、真剣な眼差しで僕たちにリクエストした。 10年後の自分を見てください。 とても印象に残る優しいカメラマンだと感じた。 あれから3年経つのか? タイトル:メオトパンドラ 写真:キッチンミノル 詩:桑原滝弥 デザイン:尾原史和・三觜翔(スープ・デザイン) 定価:本体2000円+税 ISBN 978-4-9909145-0-9 A5判 / ソフトカバー /216ページ 2016年9月中旬発売 是非ご覧になって下さいね〜。
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 15:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
元気だけが取り柄
僕の取り柄はいつも元気でいること。それ以外、なんの取り柄もない。 鈍臭いし、忘れっぽいし、頑固者だ。 体育も成績は5段階で2の評価だった。 小さい頃から、何をやってもううまくいかなかった。 だけど、元気でいれば、全てはうまく回っていく。 できないんだったら、人の3倍努力しろ。これが母から、幼い頃から言われ続けたこと。 だから、毎日頑張った。 頑張った分だけ強くなれた。 努力は報われる。 それは僕がロードレースで教わったこと。 僕がプロになるために、必要だった監督、コーチ、スタッフが何人もいる。 僕が走ったレースで、旗を振ってくれた人。何万人もいる。 そんな先輩方に、感謝したい。 そしてコーチが辛い時ほど、選手はもっと辛い。 そうして僕が現役時代のかけがえのないコーチ達の言葉を反芻する。 明るく元気で、いつもいること。 仕事に家庭に遊びに一生懸命なこと。 これからもこれだけをモットーに生きていこう!
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 10:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
チームバスでは勝てない
 欧州でプロになる条件 

 《チームバスでは勝てない》
 先日、ツールドフランスのアンダー23と言われるツールドラブニールの惨敗(一人のみ完走)の、記事を読んで、腑に落ちなかったことがある。ジャパンチーム側として、敗退の1つの要因として環境が整っていなかったと言うコメントだった。
 確かに参加チームの中では、プロツアーのチーム並みのチームバスやスタッフ数などを揃えているチームはあるだろう。だけどたとえ環境だけを整えても、成績は変わらないと僕は思う。
 
 《日本人選手に足りていない3つの要素》
 ①ジュニア期に自分の実力に相応したカテゴリ−での豊富なレース経験
 ②日本にはない厳しい環境に、自ら飛び込んでやろうと言う気概。
 ③選手のハングリーさ
 
 《僕がスカウトした唯一の選手》
 もちろん、日本の全ての選手に対して、いっているのではない。だが日本では闘志や目力が伝わってくる選手はほとんどいない。こっちから声をかけたくなる選手は、ほとんどあったことがない、、、、、。

 唯一僕から声をかけた選手は、中村圭佑(昭和第一出身)。彼の一昨年の高石杯の走りは、僕を熱くさせた。今年一年、フランスでは、欧州のプロに必要な気配りができるようにと、僕に厳しく怒られてばかりだ。その度に、彼はもう日本に帰るかと思うけど、だけど彼は逃げて帰らない。そして、4勝を上げて、来年から第1カテゴリ−の選手となった!やっと挑戦の舞台にたった。

 《どうしてハングリーになれないか》
 日本で実業団チームに所属しては、本当の意味でのハングリーさは生まれてこないと思う。フランスのトップアマチュアでも、毎月5万円でも給料が出ている選手は、おそらくフランスで100名程だと思う。
 プロチームがフランスでは10チーム程か。日本より少ないんじゃないかな。だから、給料が発生している選手はプロアマ合わせて300名もいないと思う。
 日本の実業団の方が、そういう意味では、優遇されているのだ。
 
 《僕のハングリー精神の元》
 僕が初めてブリヂストンでプロになった時の年間契約金は、50万円。
 渡航費や滞在費、食費は払わなくていいという条件に、バイト地獄から解放された僕は超嬉しかった。それまではオフで毎日毎日18時間バイトして、100万円貯めていたから。その苦しみから逃れる事が、僕が欧州プロで勝つための原動力だった。
 初年度、2004年、プロ5勝を上げた。契約金は初年度の6倍となった。さらに翌年2005年に、uciポイントを日本人で一番稼ぎ、契約金は初年度の10倍以上となった。それがピークだったんだけど、、、、。
 
 《選手に欲望をもたせるには》
 日本の実業団選手は、欧州のプロ並みの恵まれた給料大系の中走っている。それは素晴らしい事だと思う。しかし、世界との実力の差は開く一方。
 ボンシャンスで、僕ら兄弟が目指している事は、プロの育成である。
 それは欧米の若者をギャフンと言わせる。そんな精神の修養だ。
 ■自覚 だから選手に自分で考えさせる。
 ■遊ぶ レースの翌日は、国境を越えて遊びに行かせる。
 ■欲  ハングリーな気持ちを芽生えさせたい。
 
 《黒船がなんぼのもんじゃ》 
 僕たちが梅丹チームで、欧州プロ相手に闘っていた時、チームバスはなかった。スタッフも人数では足りていなかった分、みんな身を粉にして働いてくれた。合宿所も車内もみんなギュウギュウだった。
 プロツアーのチームは、大型バス/大型トラック/チームカーが数台とすごい規模。
 黒船に立ち向かう吉田松陰の手漕ぎ船といった感じだ。
 
 
 あの頃、梅丹チームからずっとバスはレンタカー。レース会場で、車の中で着替えていたら、観客は見ない振りをしてくれた。レース前に集中なんかしなくていい。だから、レース会場に着くと、どれだけ一枚でも多くのカードにサインをして渡すか。僕らにチームバスにこもるは必要なかった。
 そのかわり僕はウオミミングアップは朝ご飯前に、気持ちよくサイクリングをして、何本か最後にもがいて、スタートアタックの準備を終わらせた。そして、一汗かいてからシャワーを浴びて、ゆったり朝ご飯を食べた。
   
 そうやって、観客をとりこにし、愛嬌を振りまいた。レースでは負けても勝っても、何かをした。プロツアー相手に、全員逃げに乗り遅れたら、延々と先頭を引いた。成績がなかったら、ファンサービスで頑張るしかない。そうしないと来年主催者によんでもらえない。 そして、苦労の末に、勝つ事できたときに、観客はフランス人が勝つ以上に喜んでくれた。僕たちはメイタンチームで、そうやって闘って来た。 
 そんなときから、僕たちは今の若者達と全く変わらない条件で、成績を残して来た。
 
 《環境が厳しい程、成績は伸びる》
 だけど、そんな中だからこそ、力を合わせて闘えた。
 2008年 ツールドリムザンの幸也のステージ優勝、都貴のパリコレーズ総合優勝。僕らは欧州のトッププロからも一目置かれる走りをした。10年近く経った今でも、観客はメイタンチームの活躍を覚えている。
 何が言いたいか。チームは選手に成績を残してもらいたいから、ベストな環境を準備したいと思うのは当たり前だ。
 
 だけど、そんなものうわべだけ。選手の成績というものは、もっと地球の真ん中にあるマントルのようなドロドロした欲望がなす物だと思う。そして、世界一のハングリー精神をもった選手だけが、欧州のプロとして認められる。だからチームの環境なんて、薄ーい包装紙のような物。
 
 選手が強ければ、チームバスなんてどうだっていい!
 そこだけは若者に勘違いして欲しくない。そして、チームに対しての要求をする前に、自分の力を磨く事。契約金や環境は、選手の成績のご褒美で、ついてくるものだから。
 
 
 《欧州プロを目指したい若者へ。》
 
■ボンシャンス/トライアウト/埼玉

 〈応募資格〉自転車がなくても、金がなくても、ツールドフランスに憧れがあるやつは、俺のもとにやってこい。
 〈日時〉僕が日本にいる間 要問合せ
 〈募集方法〉メールか電話にて  
 〈費用〉無料
 〈場所〉埼玉県東松山市上野本93−12 焼肉れすとらん大幸裏 ベルナールグランパ自転車学校
  
  
 〈合格者の義務〉
 レクチャー補佐業務、
 アルバイトをしながらトレーニング。
  
 〈賞与〉
 トレーニングアドバイス
 ロードバイク貸与
 住み込み可(アパートあり)
 バイト斡旋(体が鍛えられる高時給!)
 
 
 

   
 
  
 
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 16:40 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
幸也と僕たち兄弟の通った軌跡と、今のボンシャンスの選手達の未来予想図。
  ボンシャンスがフランスにこだわる訳

 ■4つ勝たないと昇格できない!厳格に4つに細分化されたカテゴリ−分けで、集団内のレベルの差を統一。
 《各クラス説明》
 □第3カテゴリ− 
【60km〜80km/周回レース、クリテ】 
 《カテゴリ−》第3カテゴリ−の選手とジュニア選手 大体30人から50人出走 
 ★晋一兄は数ヶ月、僕は1年、新城幸也が勝つまで2年かかったカテゴリ−。ここでしっかり、レースを闘う基礎を養う。
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| 福島康司/こ〜ぢ | - | 01:32 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
後半戦から一足先に帰国して
一ヶ月少しの期間、懐かしいフランス、ノルマンディーに行ってきた。
ボンシャンスのコーチとして、ボンシャンスの選手達のサポートをするためだ。
 
 【今回の渡仏目的】
 ■3名の選手【14歳 16歳 17歳】の選手のレース活動サポート
 ■残り僅かとなったシーズン後半戦の、疲れと不安がピークの状態での精神的なサポート
 ■来シーズンに向けての、それぞれの選手がもう一ランク上で成長できるチーム探し
 
 早朝7時、空港には、いつもの通り鍛造が迎えに来てくれていた。
 鍛造は本当に、几帳面でしっかり者だ。
 
 ストレスのかかる共同生活に疲れていないか、不安を持ってオマールの家にたどり着いた。
 では、選手達は元気そのものだった。
 
 そして、1ヶ月はあっという間に過ぎた。
 週に平均2から3のペースで、選手達は、4つのカテゴリ−に別れて、レース活動を行う。
 
 ■3名の選手【14歳 16歳 17歳】の選手のレース活動サポート
 そして、未成年の3人が、充実したレース活動を行えたのも、選手達が自立し、思いやりを持って生活してくれたからこそ。
 彼らは、成田について開口一番に、また来年行きたい!そう話してくれた!

 ■残り僅かとなったシーズン後半戦の、疲れと不安がピークの状態での精神的なサポート
 僕がサポートされていたのかもしれない。
 今年初めてのコーチ業。フランスは7年ぶり。
 そんな中、フランス中、どこのレース会場にいっても、日本人選手は素晴らしい。そう賞賛された。
 それも、鍛造キャプテンを中心に、レース会場では全ての関係者に丁寧に挨拶し、成績が悪い時こそ、みんなが明るく振る舞ってくれていた証拠だ。

 精神的なサポートとは、選手の不安に向き合うこと。選手が自立しようとしているときに、手をださないこと。選手を信じて、褒めまくる事。
 
 
 ■来シーズンに向けての、それぞれの選手がもう一ランク上で成長できるチーム探し
 選手達は、今シーズン、夢のような成績を残してくれた。
 トロフィーの棚は、置き場に困る程!
 
 全ての選手達が所属したチームは、選手の継続を望んでくれた。
 しかし、選手の成長のために、ランクを上げたチームへの移籍を打診しているチームもある。
 お世話になったチームを離れる。それは選手にとっても苦しい事。そういわれる選手たちのお陰で、来年、新規の選手達の受け入れ先が確保できる。
 


 
 

 
 車は2台。すし詰め状態。先輩選手が、後輩達をレース会場まで送ってくれた。
 2段ベットが軋む。夜も笑いが絶えない。
 
 選手同士が、お互いに思いやって、暑い熱い夏を、楽しく過ごした。
 僕は心から、選手一人ひとりに感謝したい。

 ありがとう。
 メルシー ボク。
 ウレシー 僕。


                                            康司
 
 
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 01:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
今日のレース結果

今日 カレー 【Calais】
【13歳 14歳の部 カデ】
 フランス ベルギーの地位チャンピオンが揃う中、竹内成、4人の勝ち逃げに乗り、スプリントに持ち込み3位!

【15歳 16歳の部 ミニム】 
諒太もやっと苦手な平坦クリテのパワーレースで勝ち逃げに乗って、遅れたけど5位でした。


レッソン スール マッツ
【伊藤舜紀 門田祐輔 北西佳輔 高清水天翔】
第2カテゴリ−に参加したメンバーは、全員リタイヤとなりましたが、明日に期待です!

 
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 06:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
終盤だからこそ。
今日から選手によっては一から三連戦。
シーズン終盤の大事なときだからこそ、楽しんで走ってもらいたいと思います。
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
バカになる大切さ
バカになる大切さ 今回、14歳と16歳の二人の選手を、一か月フランスに連れてきた。 レースから日常生活まで、僕が理想とするプロとしてのたしなみを徹底的に身につけさせるためだ。 今いる彼らにとって先輩の選手たちは、自分の弟のように可愛がってくれる。 若いからバカになれる。 100回アタックしろ。 そんな僕の無茶な命令で、今まで負けてきた成が、昨日 最後に勝った! 若い選手がチームに勇気をくれる。
| 福島康司/こ〜ぢ | - | 08:43 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
ベルナールありがとう!
 こん ぼん そわ〜。

 毎日 気がつけば日が昇り、気がつけば、遅い夕日を眺めています。
 選手達は、日々成長しています。
 よりどりみどりの地域で、厳格なカテゴリ−分けを基にレースが開催されています。
 だから、選手は「ゆるすぎない。きつすぎない。最適なレベルで、自分のチャンスにかけます。
全員が活躍している。
北西佳輔のレポートを楽しみに
それが今年一番うれしいこと。

先日のレースの帰り、みんなでベルナールおじいさんのお墓に行きました。
ベルナールのお墓に、キスをしながら、じいさんに感謝しました。

僕は高速道路が嫌いは、ベルナールじいさん譲り。
僕らをレースに連れて行ってくれたじいさんと通った農道、レースの思い出は苦しかった事ばかり、じいさんの好きだったラジオ局で懐かしいシャンソンが流れると、どこまでも変わらない牧歌的な風景が歪んで見える。

さあ、今日は14歳と16歳の選手のレースです!

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| 福島康司/こ〜ぢ | - | 18:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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